ここ数年、日本の夏は「暑い」の一言では片づけられなくなりました。

そんな中、2026年8月、気になる研究が発表されました。

オランダで3,251人の子どもを長期間追跡した研究で、妊娠中から乳児期早期にかけて比較的高い気温にさらされることと、その後の「視床」という脳領域の成長速度が緩やかになることとの間に関連が見られたというものです。

視床は、嗅覚以外の感覚情報を大脳へ中継する重要な場所で、運動や意識、記憶、情動などにも関わっています。

この研究で示されたのはあくまで「関連」であり、暑さが直接脳の発達に影響したと証明されたものではないことに注意する必要があります。

それでも、これほど暑い夏が続く中で、妊娠中、暑い夏の環境について考えることは、ますます大切になっていると思います。

この「暑さ」を東洋医学ではどのように考えるのでしょう。

東洋医学が昔から警戒してきた「暑邪」

東洋医学では、身体に影響を及ぼす過度な暑さを「暑邪」と呼びます。

暑邪には、

・気を消耗する
・汗とともに「津液(身体に必要な潤い)」を失わせる
・身体に熱をこもらせる
・湿気と結びつきやすい

という特徴があります。

特に日本の夏は、単なる「暑さ」ではありません。

「暑」+「湿」

この組み合わせが、身体には大きな負担になります。

汗をたくさんかいて疲れるだけでなく、

・身体が重い
・食欲がない
・胃がもたれる
・むくむ
・疲れが取れない

といった不調も起こりやすくなります。

そして妊娠中は、母体の「血・陰・精」といった大切なものを使いながら、赤ちゃんを育てている時期です。

だからこそ、暑い夏には「母体を必要以上に消耗させない」ということが、とても大切になります。

妊娠の時期によって、「暑さから守りたいもの」も変わります

東洋医学では、妊娠中の身体をずっと同じ状態とは考えません。

私が中国研修で、周期調節法の大家「夏桂成先生」から学んだことについて少し簡単にご紹介しようと思います。

赤ちゃんの成長とともに母体も変化していくため、妊娠の時期によって大切にしたいものも変わってきます。

妊娠初期 →「陰血・気・潤い」を守る

妊娠初期は、赤ちゃんを育むために「陰血」が使われ始め、母体の身体も大きく変化する時期です。

つわりで十分に食べられない。
暑くて汗をたくさんかく。
夜も暑くて眠れない。

こうしたことが重なると、「気」や「潤い」まで消耗しやすくなります。

この時期は、

胎児を養う陰血を守る

暑さで失われる気と潤いを補う

という視点を大切にします。

妊娠中期 →「脾胃」を守り、気血をつくる

赤ちゃんの成長が進むにつれて、母体はさらに多くの「気血」を必要とします。

そこで大切になるのが「脾胃」です。

中医学では、食べたものを消化吸収し、そこから気血をつくり出す働きを「脾」が担っていると考えます。

ところが、日本の夏の「暑さ+湿気」は、この脾胃を弱らせやすいのです。

食欲がない。
胃が重い。
身体がだるい。
むくみやすい。

そんな状態が続けば、赤ちゃんを育てるために必要な気血をつくる力も落ちてしまいます。

この時期は、

暑湿から脾胃を守る

しっかり気血をつくれる身体を保つ

ことを大切にします。

妊娠後期 → 消耗を防ぎ、「腎」を含め妊娠を支える力を守る

妊娠後期になると赤ちゃんはさらに大きくなり、母体への負担も増えていきます。

ここでは「腎」の働きも大切になります。

中医学でいう「腎」は、単に腎臓という臓器を意味するものではありません。

生殖・成長・生命力の土台となり、新しい生命を育てる力にも深く関わるものと考えています。

赤ちゃんを育てながら出産へ向かう大切な時期に、暑さで汗をかき続け、食欲が落ち、眠れず、母体まで消耗してしまうことは避けたいものです。

この時期は、

暑さによる消耗を防ぐ

気・血・陰、そして腎を含めた妊娠を支える力を守る

ことを大切にします。

同じ「暑い」でも、身体の中では違います

そして、ここが漢方の面白いところです。

同じ真夏の妊婦さんでも、身体の中で起きていることは同じではありません。

汗が多い・口が渇く・疲れやすい
→「気」と「潤い」が消耗している

食欲がない・胃が重い・身体がだるい・むくむ
→ 暑さと湿気によって「脾胃」が弱っている

暑くて眠れない・疲れが取れない・体力が落ちている
→ 暑さによる消耗が続いている

というように、身体から出ているサインを見ていきます。

そして漢方には、

気を補うもの
潤いを補うもの
胃腸を助けるもの
余分な湿を取り除くもの
腎を補うもの

など、それぞれに得意な働きがあります。

妊娠週数による身体の変化を土台にしながら、食欲、睡眠、発汗、口渇、便通、むくみ、舌、脈などを重ね合わせ、

「今、この方には何が足りないのか」
「暑さによって何を消耗しているのか」

を見つけて補っていきます。

「冷えを避ける」と「暑さを我慢する」は違います

中医学では、冷えから身体を守ることも大切にします。

でも、それは、

「妊婦さんは身体を冷やしてはいけないから、暑くても冷房を我慢する」

ということではありません。

最近のような猛暑では、むしろ高温の環境に長時間さらされ続けないことが大切です。

冷房は上手に使う。

そのうえで、

・冷風を身体に直接当て続けない
・冷たい飲み物ばかりを大量にとらない
・汗をかいたら、こまめに水分を補う
・食欲が落ちても食べられるものを工夫する
・暑さで睡眠不足にならないようにする

といったことを心がけます。

暑さを避けることと、身体を冷やすことは同じではありません。

暑さは避ける。そして、暑さで失ったものは補う

暑い季節には、母体が何を消耗しているのかを考え、その身体を守るために漢方を役立てることができます。

暑さで「気」を消耗しているなら、気を補う。

汗をかき過ぎて「潤い」を失っているなら、潤いを補う。

暑さと湿気で胃腸が弱っているなら、「脾胃」を助ける。

妊娠を支える力が不足しているなら、その方の状態に合わせて補っていく。

大切なのは、

暑さはきちんと避ける。
そして、暑さで失ったものは補う。

ということです。

食事や睡眠、休養を整えながら、その時の身体に必要なものを漢方で少し補ってあげる。

妊娠中の暑い夏を健やかに過ごすために、中医学だからこそできる身体の守り方があります。

妊活中から、「夏に負けない身体」を

そして、こうした身体づくりは、妊娠してから突然始めるものではありません。

妊活中から、

きちんと食べられているか。
よく眠れているか。
胃腸は元気か。
月経は整っているか。
暑さや冷えで大きく体調を崩していないか。

こうした一つひとつを整えていくことが大切です。

私たちが妊活相談で目指しているのは、

「妊娠できる身体」をつくることだけではありません。

その先にある、

「妊娠した後も、お母さんが元気に赤ちゃんを育んでいける身体」を整えること。

そこまでが妊活だと考えています。

これから先、日本の夏はさらに厳しくなっていくことが予想されています。

「身体を冷やしてはいけない」と暑さを我慢するのではなく、上手に暑さを避けながら、その季節、その方の身体に合わせて必要なものを補っていく。

妊活中から妊娠、そして産後まで。

季節の変化とともに母体を守り、赤ちゃんを育む身体を整えていく。

それも、中医学だからこそできる大切な備えのひとつだと考えています。