35歳を過ぎてからの妊活では、
「採卵してもなかなか良い結果につながらない」
「移植を繰り返しているけれど妊娠しない」
「年齢とともに卵巣機能が低下していくことが心配」
といったご相談を多くいただきます。
漢方では昔から、女性の生殖機能と年齢による変化には「腎」が深く関係すると考え、35歳以降の妊活では特に「補腎」を大切にしてきました。
では、現代の体外受精(IVF)に補腎を目的とした漢方薬を組み合わせると、本当に違いがあるのでしょうか。
2026年、この疑問を考えるうえで注目したい最新の大規模臨床研究が報告されました。
35~42歳の女性1,467人を対象に、体外受精に補腎を中心とする中薬「滋腎育胎丸」を併用した研究です。
35~42歳、1,467人を対象にした大規模研究
この研究は、中国12施設で行われた、多施設・無作為化・二重盲検・プラセボ対照試験です。
対象となったのは、体外受精を受ける35~42歳の女性1,467人。
参加者を「IVF+滋腎育胎丸(Zishen Yutai Pill)」と「IVF+プラセボ(有効成分を含まない偽薬)」の2群に分けて比較しました。
医師も患者さんも、どちらを服用しているのか分からない「二重盲検」という方法が用いられています。
これは、期待や思い込みによる影響をできるだけ取り除いて、薬そのものの効果を評価するための方法です。
そして、この研究で特に重要なのは、「AMHが上がった」「採卵数が増えた」といった一つの指標だけではなく、最終的に赤ちゃんを出産できたか、つまり「生児獲得率」を主要な評価項目として調べていることです。
生児獲得率に差が出た
結果は、滋腎育胎丸群が23.3%(171/734人)、プラセボ群が19.0%(139/733人)でした。
その差は4.3ポイントです。
分かりやすく言えば、100人が治療を受けたとすると、滋腎育胎丸を併用したグループでは、プラセボ群より約4人多く赤ちゃんの出産に至った計算になります。
相対リスク(RR)は1.23、95%信頼区間は1.01~1.50でした。
さらに、着床率は36.0%対30.6%、臨床妊娠率は29.4%対24.1%、生化学的妊娠率は31.6%対26.6%と、着床から妊娠、生児獲得まで、複数の重要な指標が同じ方向を示しました。
私は、この点も非常に興味深いと思っています。
今回の研究では、卵巣刺激による採卵成績そのものには統計学的な差は確認されませんでした。
しかし、それは「卵子側には何の変化もなかった」という意味ではありません。
妊娠・出産に至るまでには、卵胞の発育、卵子の成熟、受精、胚発育、子宮内膜の状態、着床、その後の妊娠維持など、さまざまな段階が関係します。
今回の研究から、滋腎育胎丸がそのどの部分に、どの程度作用したのかまでは明らかになっていません。
卵子や胚の質的な部分に影響した可能性も、子宮内膜や着床環境に影響した可能性も考えられます。
ただし、卵子の質そのものを直接評価した研究ではないため、「卵子の質が改善した」とまでは現時点では言えません。
一方、私自身の長年の妊活相談では、漢方を始めてから採卵数や採卵後の経過が変わってくる方を経験することもあります。
今回の研究結果だけでその経験を説明することはできませんが、漢方が妊娠・出産に至る過程のどこに、どのように働いているのかは、今後さらに研究してほしい大変興味深い部分だと思います。
滋腎育胎丸は、どんな処方だったのでしょう
今回の研究を見て、私がもう一つ非常に興味深いと思ったのが、実際に使われた滋腎育胎丸の処方内容です。
滋腎育胎丸は15種類の生薬から構成されています。
中心となるのは、菟絲子、続断、桑寄生、杜仲、巴戟天、鹿角霜など、腎を補い、生殖を支える目的で用いられる生薬です。
しかし、内容を詳しく見ると、単純に「腎を補う」だけではありません。
巴戟天や鹿角霜などで腎陽を補い、熟地黄、枸杞子、何首烏、阿膠などで腎陰や精血を養います。
さらに、人参、党参、白朮などで脾を補い、気を養う構成になっています。
つまりこの処方は、腎陰と腎陽の両方を支え、精血を養い、さらに脾を健やかにするという組み立てです。
私は、この処方内容そのものにも非常に興味を持ちました。
35歳以降の妊活では「腎」だけを見ない
漢方のもとになっている中国伝統医学では、加齢による生殖機能の変化を考えるうえで「腎」を非常に重視します。
中国最古の医学書の一つ『黄帝内経』でも、女性は35歳頃から身体に変化が現れ、42歳頃にはさらにその変化が進むと記されています。
そのため、私自身も35歳以降の妊活相談では「補腎」をとても大切にしています。
ただし、単に腎を強く補えばよいとは考えていません。
「腎虚」といっても、その状態は一人ひとり違います。
腎陰が不足しているのか、腎陽が不足しているのか、あるいはその両方が不足しているのか。
実際の相談では、そのバランスを考えながら、腎陰と腎陽の両面を補うこともよくあります。
そしてもう一つ、35歳以降の妊活で私が大切にしているのが「脾」です。
漢方でいう「脾」は、食べたものから気血を生み出し、身体を養う基礎をつくる働きを担います。
年齢を重ねるにつれて、腎だけでなく脾の力も弱くなっている方を臨床ではよくみます。
せっかく補腎をしても、食べたものを十分に消化吸収し、気血や精を養っていく力が弱ければ、身体を立て直す力も十分に働きにくくなります。
そのため私は、35歳以降の妊活では、「腎陰・腎陽をどのように補うか」、そして「脾をどのように立て直すか」、この両方を考えることが大切だと思っています。
漢方でいう「健脾補腎」です。
今回の滋腎育胎丸に、人参、党参、白朮といった健脾益気の生薬が組み込まれていることは、この点から見ても非常に興味深い処方構成だと感じました。
同じ処方を使った研究だからこそ、考えさせられること
今回の研究で、私が特に注目したいのは、一人ひとりの体質に合わせて漢方薬を変えた研究ではないということです。
漢方では本来、月経の状態、基礎体温、卵巣機能、採卵結果、子宮内膜、冷え、胃腸機能、睡眠、疲労などを詳しくみます。
そして、腎陰虚なのか、腎陽虚なのか、気血は不足していないか、瘀血はないか、気滞は強くないか、脾の働きはどうなのか。
こうした一人ひとりの身体の違いをみながら、漢方薬を選んでいきます。
しかし今回の研究では、そうした細かな体質の違いによって処方を変えるのではなく、一定の条件を満たした1,467人に同じ滋腎育胎丸を使用しています。
それでも、生児獲得率に統計学的な差が認められました。
私は、ここにこの研究の大きな意味があると考えています。
私たちが妊活相談で行っている「周期調節法」
私たちが実際の妊活相談で大切にしているのが、「周期調節法」という考え方です。
女性の身体は、月経期、卵胞期、排卵期、黄体期と、一つの周期の中でも変化しています。
そこで、ずっと同じ漢方薬を使い続けるのではなく、その方の体質を基本にしながら、月経周期それぞれの時期に必要な働きを考えて漢方薬を調節します。
卵胞期には卵胞の発育や精血を養うことを考え、排卵期には排卵に向けて気血の巡りを整える。黄体期には妊娠成立・維持に必要な身体の状態を支え、月経期には次の周期に向けて血の巡りを整える。
ただし、「卵胞期だから必ずこの薬」というものではありません。
同じ35歳でも、同じAMHでも、同じ体外受精中でも、必要な漢方薬は一人ひとり違います。
35歳以降では特に、腎陰・腎陽、脾の状態なども考えながら、その方の体質と周期の両方をみて調節していきます。
「同じ処方で結果が出た」その先にあるもの
今回の研究は、「滋腎育胎丸という一つの漢方薬が良かった」ということだけで終わらせるには、もったいない研究だと思います。
体質によって処方を変えることなく、補腎を中心に、腎陰・腎陽を支え、精血を養い、脾を補うという一つの処方を用いただけでも、1,467人規模の二重盲検試験で、生児獲得率に差が認められました。
それならば、本来の漢方のように一人ひとりの身体を詳しくみて、腎陰・腎陽のどちらをどの程度補うのか、脾をどの程度補う必要があるのか、瘀血があれば活血を、気滞があれば疏肝理気をどう組み合わせるのか、さらに月経周期のどの時期に何を重点的に整えるのか。
その人の体質と周期に合わせて漢方薬を調節していった場合には、どのような結果が得られるのでしょうか。
私は、そこにさらに大きな可能性があるのではないかと考えています。
これは今回の研究で直接証明されたことではありません。
しかし、体質による処方の使い分けをしていない大規模研究で、生児獲得という最終的な結果に差が認められたことは、一人ひとりに合わせた漢方治療を考えるうえでも大変興味深い結果です。
2026年の最新研究が私たちに示してくれたこと
今回の結果は主として新鮮胚移植周期についてのもので、凍結胚まで含めた累積生児獲得率を調べた研究ではありません。
また、年齢別にみると、すべての年齢層で同じように明確な結果が得られたわけではありません。
研究費や試験薬の提供に製造企業が関わっていることも含め、今後さらに研究が重ねられることを期待したいと思います。
しかし、こうした研究上の課題があることと、今回得られた結果の価値とは分けて考える必要があります。
1,467人という大規模な研究であること。
二重盲検・プラセボ対照という方法で検証されていること。
そして評価したのは「AMH」や「採卵数」だけではなく、最終的な「生児獲得」であること。
2026年に報告されたこの最新の大規模臨床研究で、補腎を中心とした漢方薬を併用したグループに有意な差が認められました。
さらに処方内容を見ると、腎陰と腎陽を補い、精血を養い、脾を補うという組み立てになっています。
これは、私自身が35歳以降の妊活相談で大切にしてきた考え方とも重なります。
体外受精という高度な生殖医療と漢方は、どちらか一方を選ぶものではありません。
西洋医学の生殖医療に、一人ひとりの身体をみて整える漢方をどう組み合わせるか。
35歳以降の妊活だからこそ、腎の陰陽を考え、脾を整え、さらに月経周期の変化をみながら、その時々に必要な漢方薬を調節していく。
今回の最新研究は、私たちが妊活相談で長年大切にしてきた「補腎」「健脾補腎」、そして「周期調節法」を、現代の生殖医療の中で改めて考えるうえで、非常に意味のある研究だと思います。




