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今回の地震は本当に非情なものでした。

天災は容赦なく降りかかってきます。

日ごろの行いなんて関係なく。

どんなときでも肉親の安否が分からないときはとてつもなく不安になります。

同じような場所が2回も大きな天災にあうことはそうはないでしょう。

どうか少しでも早く支援の手が差し延べられればと思います

ダイ先生のブログを読んで、あの時のことを思い出しました。

もう10年以上も経ったとは思えないほどまだつい最近のように覚えています。

朝の8時ごろだったでしょうか、義父に用事で部屋をのぞくと、

「神戸は大きい地震やったみたいやなあ」

そう言う先のテレビの画面を見たとき、

眼の前の映像に立ちすくんでしまいました。

「いったいなにが起こっているの?!」

あわてて部屋に駆け戻りテレビをつけました。

あちらこちらのビルや家が倒壊し、火の手が燃え上がっている様子!!

両親の住む家は芦屋の駅前のマンション

その辺りの報道は、やはり倒壊したビルと立ち上る煙・・・・

それから後の連絡が取れるまでの気持ちは表現しがたいほどのものでした。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう」

そういっておろおろしながら、いてもたってもいられず

まだ幼い子がいましたが、

「何とか行けるところまで行って安否を確認したい!」

そう言う私を制して

「代わりに行って来る」

ダイ先生はそう言って、いざというときのための準備をしだしました

まさに行こうとしたその時に、連絡が取れたのです。

ダイ先生から、両親は無事だったこと、

父は会社、母は避難所にいることを聞き、とりあえず安心したのです。

でもそのときの不安な気持ちは今でも覚えています。

まずはじめに思ったこと

「命があってよかった。怪我が無くてよかった・・」

その後の避難所での生活は母にとって耐え難いものだったようです。

車で生活される方が多いのもよくわかります。

陸の孤島になり、その場所まで行けない歯がゆさは

今でも記憶に新しいものです。

あれから10年以上たち、平穏な日々を送っていますが、

大きな地震があるたびにいつも思い出します。

今避難所での生活を強いられている方が、少しでも早く

気持ちのいい毎日を送れるようになること心から願っております。

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