4月12日~26日の間、『不妊カウンセラー・体外受精コーディネーター養成講座』を受講していました。
今年も大変勉強になる内容で、中でも2021年に11年ぶりに改訂されたWHOの精液検査マニュアル第6版について詳細な講義があったのは大変勉強になりました。
社会環境や食生活の影響か、年々、世界中の男性の精子の質が下がっているようです。
これまで、この「卵と卵子のお話し」テーマでは卵子についてお話ししてきましたが、今回は精子の質にポイントを置いてお話したいと思います。
1.WHOの精液検査の基準値
表. 精液検査の正常値(下限値)
(ヒト精液検査と手技-WHOラボマニュアル6版-)1) より作成
検査項目 | 下限基準値 |
---|---|
精液量 (Semon volume) | 1.4mL以上 |
精子濃度 (Sperm concentration) | 1600万/mL(16×106/mL)以上 |
総精子数 (Total sperm number) | 3900万(39×106)以上 |
運動率 (Total motility) | 42%以上 |
前進運動率 (Progressive motility) | 30%以上 |
正常形態率 (Normal forms) | 4%以上(奇形率96%未満) |
表は、2021年の改定を受けて作成しました。
忘れてはならないのは、正常値(下限値)=すぐに確実に妊娠できる数値ではないといことです。
どういうことかというと、このデータは、12カ月以内に自然妊娠したカップルの精液検査のデータを集め、数値が良かった順に並べ、下から5%のラインを正常値(下限値)として採用しているからです。
12カ月以内に自然妊娠した大多数の方(下から25%~75%)は、精液量:2.3~4.2mL、精子濃度:3600万~1億1000万/mL、総精子数:1億800万~3億6300万、運動率:55%~73%、前進運動率:45%~63%、正常精子形態率:8%以上1) の範囲に入っていたという事実は無視できません。
病院から「問題ない」と言われたとしても、検査データがなんとか正常値(下限値)を超えているような状態であれば、決して女性側だけが原因の不妊とは言えないのです。
検査値が少しでも良くなるように食事や生活を見直してみましょう。
なお、精液検査の数値は男性の検査時のコンデションによって大きく変化します。
検査してあまり良くない数値が出た時は、3カ月程期間を空けて後2回ほど反復検査をして頂くことをおすすめします。
2.精液検査の値の見方
漢方相談をしていると、「検査値の見方がよくわからない」というお声をよく聞きます。
そこで、基本的な検査値の見方について表にまとめました。
検査項目 | 説明 |
---|---|
精液量 (Semon volume) | 精液の量を表します。 精液に含まれる前立腺液には、精子を保護し栄養を与えたり、運動機能を助けたりする役割があります。 |
精子濃度 (Sperm concentration) | 精液1mL中にどれだけ精子がいるかを表します。 この値が基準値よりも低い場合は“乏精子症”と呼ばれます。 |
総精子数 (Total sperm number) | 精液(全て)の中にどれだけ精子がいるかを表します。 この値が基準値よりも低い場合は“乏精子症”と呼ばれます。 |
運動率 (Total motility) | 全精子の中で、動いている精子がどれだけいるかを表します。 この値が基準値よりも低い場合は“精子無力症”と呼ばれます。 |
前進運動率 (Progressive motility) | 全精子の中で、前に進んでいる(卵子に向かって進んでいける)精子がどれだけいるかを表します。 この値が基準値よりも低い場合は“精子無力症”と呼ばれます。 |
正常形態率 (Normal forms) | 全精子の中で、正常な形の精子がどれだけいるかを表します。 この値が基準値よりも低い場合は“奇形精子症”と呼ばれます。 |
それぞれの検査値から、自然妊娠が目指せるかどうか、体外受精へのステップアップが必要かどうかなどを判断することができます(治療方針やその判断基準は、各クリニックや先生の考え方、カップルのこれまでの妊娠歴、女性側の年齢などによって異なります)。
3.精液検査の値に影響を与えるもの
では、検査の結果が悪かった時はどういうことに気をつければ良いのでしょうか。
質の良い精子を作るために見直したいポイントをご紹介します。
3-1.喫煙と精子の関係
妊娠したら男女ともにタバコをやめる方は多いと思いますが、妊活中はどうでしょう。
以前のブログでは、喫煙が卵子に与える影響について書きましたが、喫煙は精子にも悪影響を与えることが分かっています。
2016年の研究2) で、喫煙が精子の質に与える影響が解析されました。
この研究では、20本の研究から5865人のデータを集めて喫煙と精子の質の関係を調査したところ、精子濃度、運動率、精液量、正常形態率の全てにおいて、喫煙者の値は非喫煙者よりも有意に低くなっていたとのことです。
新しいものでも喫煙者の精液濃度は、非喫煙者に比べて有意に低下していたという論文3) が2020年に発表されていました。
喫煙と精子の関係については、毎年数多くの論文が発表され研究が進んでいます。
ついこの4月に発表された論文4) では、大量のアルコール摂取と喫煙が精子の成熟度とDNAの形成を不完全にすると示されており、飲酒や喫煙が遺伝子レベルで精子に影響を与えることが分かってきているようです。
中医学では、喫煙は瘀血(おけつ:血の巡りが悪くなったもの)を生むと考えます。瘀血体質の方は、精子数や精子濃度が少なかったり、精索静脈瘤(男性不妊症の大きな原因で、精液量、精子濃度、運動率、総運動精子数が下がる原因となる)を持つ傾向があります。
喫煙は不妊以外にも様々な健康被害をもたらすことがわかっていますし、この先授かるお子様のためにも、ぜひ禁煙を目指しましょう。
2016年の研究については、英メンズクリニックのホームページで紹介されているのを見つけましたので、より詳しく知りたい方はぜひご覧ください。英メンズクリニック-喫煙は実際にどれくらい精子に悪い?-
3-2.お酒(アルコール)と精子の関係
2017年に、15本の論文から男性16,395人分のデータを集め、アルコール摂取量と精子の質との関係を調べた研究論文5) が発表されました。
結果は、アルコール摂取量が増えるほど、精子量、精子濃度、運動率、正常形態率が下がる傾向があるというもので、特に精子量と正常形態率は顕著に悪影響を受けるとのことでした。
続いて、この論文ではお酒を飲む頻度(毎日お酒を飲む、時々飲む、全く飲まない)と精子の質(量、濃度、運動率、正常形態率)に関しても解析を行っています。
結果は、お酒を”時々飲む場合”と”全く飲まない場合”ではそう変わりはありませんでしたが、”時々飲む場合”と”毎日飲む場合”では大きな差がつき、アルコールを毎日摂取すると特に正常形態率に悪影響を及ぼすことがわかりました。
論文の結論としては、アルコール摂取は時々なら問題ないが、毎日摂取すると精液量と正常形態率に悪影響を与えるとのことです。
確かに、アルコールの影響を中医学的に考えると陰虚(いんきょ:潤い不足、脱水)と湿熱(しつねつ:老廃物と熱)となりますが、陰虚体質の方は精子量が少なく、湿熱体質の方は正常形態率が低い(奇形率が高い)傾向があるため、この論文の結果は納得ができるものです。アルコールを飲むと精子も酔っぱらうという表現をされる先生もいます。
喫煙の項目でも大量のアルコール摂取と喫煙が精子のDNAに及ぼす影響について調べた論文をご紹介しましたが、やはりお酒はきちんと休肝日を作り、適量を心掛ける必要がありますね。特に正常形態率(奇形率)に不安がある方は、よりシビアに考える必要があるでしょう。
なお、この論文も英メンズクリニックのホームページで紹介されているようです。英メンズクリニック-アルコールは精子に悪い?-
3-3.ストレスと精子の関係
心身を酷使している方の精液所見が悪くなるのはよく知られています。
数ある論文の内1つをご紹介しますと、2016年に1,215人のデンマーク人男性の心理的ストレスと精液所見の関係について研究した論文6) が発表され、結果は、心理的ストレスが多い程、精子濃度、総精子数、精液量が低下するというものでした。
中医学的には、ストレスを抱えている方は気滞(きたい:気の巡りが悪くなった状態)や心脾両虚(しんぴりょうきょ:心身の気血が消耗した状態)の状態になる場合が多いです。これらの体質の方は、精子量や運動率が低下したり、膣内射精障害に繋がる傾向があります。
現代社会の中でストレスを抱えずに生活するというのはとても難しいことです。不妊に悩むカップルだったらなおさらでしょう。
ストレスを抱えすぎると妊活に逆効果となることを頭の片隅に置き、今しかない2人だけの生活を楽しみながら、美味しいものを食べたり旅行をしたり、上手に息抜きできたらいいですね。
3-4.生活と精子の関係
妊活相談で日々の過ごし方で気をつけて頂きたいことをお話しすると、意外と知らず知らずの内にしていたという声をよく聞きます。
特にチェックして頂きたい項目を3つ挙げました。
【熱】
熱に曝されると精子の質が悪くなることは有名ですね。感染症などで高熱を出すと、精子が一時的に0になることもあります。
2007年に発表された論文7) には、長時間の座り仕事、長時間ドライバー、熱めの風呂が精子の質や出生力を下げることが示されており、タイトフィットの下着やズボン、サウナなども陰嚢内の温度を大幅に上げると書かれていました。
その他のチェックポイントとしては、コタツ、パソコン作業を膝の上でする、スマホをズボンのポケットに入れている、床暖房の上で座って生活するなども考えられるかと思います。
陰嚢が体の外側に出ているのも精巣を冷ますため。普段の生活をぜひ一度チェックしてみて下さい。
【圧迫】
前立腺が圧迫されると炎症が起こり、精子の質が悪くなります。
よく言われるのはロードバイク。ロードバイクは、前立腺の圧迫に加えて陰嚢温度上昇のリスクもあり、実際に、自転車タクシー業や長距離サイクリスト、高負荷のサイクルトレーニングを行う男性の精液量、精子濃度、精子の運動率、精子の正常形態率は通常の場合と比べて有意に低下していたそうです8), 9), 10) 。妊活中のロードバイクは、あまりハードにし過ぎないことと、こまめな休憩が肝になりますね。
同じ理由で長時間のデスクワークもチェックが必要です。意識的に休憩を入れましょう。
【運動不足(肥満)】
運動不足や肥満があると精液の質が悪くなり、適度に運動すると精液の質が良くなります。
最近では2017年に、座りがちで肥満がある成人男性が週に3回、1時間程度の有酸素運動(論文ではウォームアップ+トレッドミル)を16週間続けて、精子数、運動性、正常形態率が大幅に改善したという研究データ11) が発表されました。
逆に、高負荷のスポーツトレーニング(アスリートなどが行うようなもの)は精子のDNAにダメージを与えるというデータ12) もあるので、有酸素系の運動を適度に続けることが良いようです。
4.最後に
精子は約74日かけて新しいものが作られので、その間に食事や生活を改善できれば検査結果も自然と良くなります。もし精液検査に問題が無く女性側に弱い素因がある場合でも、精子が元気であればカバーできるので、どんな人にとっても生活の改善は大切です。
妊活は二人三脚。支え合って進むことでゴールが近づきます。いずれやってきてくれるお子さんのためにも、今の内からしっかり協力体制を築いておきましょう。
お二人の元に可愛い赤ちゃんがきてくれますように。
(参考)
- 1) WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen
- 2) Reecha Sharma, Avi Harlev, Ashok Agarwal, Sandro C Esteves, “Cigarette Smoking and Semen Quality: A New Meta-analysis Examining the Effect of the 2010 World Health Organization Laboratory Methods for the Examination of Human Semen”, European Urology, 2016, 70(4), 635-645.
- 3) Simon De Bruckera, Panagiotis Drakopoulos, Edouard Dhooghe, Jeroen De Geeter, Valerie Uvin, Samuel Santos-Ribeiro, “The effect of cigarette smoking on the semen parameters of infertile men”, Gynecological Endocrinology, 2020, 36(12).
- 4) Houda Amor, Mohamad Eid Hammadeh, Izzaddin Mohd, Peter Michael Jankowski, “Impact of heavy alcohol consumption and cigarette smoking on sperm DNA integrity”, Andrologia, 2022, e14434.
- 5) Elena Ricci, Suha Al Beitawi, Sonia Cipriani, MassimoCandiani, Francesca Chiaffarino, Paola Viganò, Stefania Noli, Fabio Parazzinia, “Semen quality and alcohol intake: a systematic review and meta-analysis”, Reproductive BioMedicine Online, 2017, 34(1), 38-47.
- 6) Loa Nordkap, Tina Kold Jensen, Åse Marie Hansen, Martin Blomberg Jensen, Niels Erik Skakkebæk, Niels Jørgensen, “Psychological stress and testicular function: a cross-sectional study of 1,215 Danish men”, Fertility and Sterility, 2016, 105(1), 174-187.
- 7) A Jung, H-C Schuppe, “Influence of genital heat stress on semen quality in humans”, Andrologia, 2007, 39(6), 203-215.
- 8) W Kipandula, F Lampiao, “Semen profiles of young men involved as bicycle taxi cyclists in Mangochi District, Malawi: A case-control study”, Malawi Med J, 2015, 27(4).
- 9) Behzad Hajizadeh Maleki, Bakhtyar Tartibian, “Long-term Low-to-Intensive Cycling Training: Impact on Semen Parameters and Seminal Cytokines”, Clinical Journal of Sports Medisine, 2015, 25(6).
- 10) Y Gebreegziabher, E Marcos, W McKinon, G Rogers, “Sperm characteristics of endurance trained cyclists”, International Journal of Sports Medicine, 2004, 25(4).
- 11) Miguel Ángel Rosety, Antonio Jesus Díaz, Jesús María Rosety, María Teresa Pery, Francisco Brenes-Martín, Marco Bernardi, Natalia García, Manuel Rosety-Rodríguez, Francisco Javier Ordoñez, Ignacio Rosety, “Exercise improved semen quality and reproductive hormone levels in sedentary obese adults”, Nutricion hospitalaria, 2017, 34(3).
- 12) D Vaamonde, C Algar-Santacruz, A Abbasi, J M García-Manso, “Sperm DNA fragmentation as a result of ultra-endurance exercise training in male athletes”, Andrologia, 2018, 50(1).