6月の後半からはや30度越え…、先日京都では38度近いとか…
6月の頭にはまだ暖房をかける日があったのですが…
体調維持のため養生としての漢方薬は季節の特徴を考慮するのですが
梅雨の時期は体に湿気が溜まりやすく…、と言っていたらあっという間に梅雨が明け…
今年はいったいどのような夏になるのか心配な7月です

さて、今回はひどい痔核でお悩みの50歳代の男性の紹介です

以前より痔核がひどく、出血もあります
座薬や飲み薬ももらって飲んでいるが、効き目がだんだん悪くなってきたと、漢方をお求めです
いわゆる痔で多いのはいぼ痔で、肛門周辺の血液循環が悪くなり、毛細血管が集まった静脈叢が鬱血して炎症が起こった状態です。この鬱血が排便などの刺激で切れて出血します。
いぼ痔には2種類あり
鬱血が肛門内の歯状線より奥の直腸側に起こった場合で、内痔核と言います。
歯状線より奥の腸壁には知覚神経がないため痛みはあまりひどくないのですが、出血は鮮血がポタポタ落ちたり、大量出る事もあります。
鬱血が歯状線より外側の肛門側に起こったものは外痔核と言い、知覚神経があるため痛みがひどく、出血はティッシュに着く程度の場合が多くなります
この方は症状からすると典型的ないぼ痔の内痔核でした
いぼ痔は肛門部の血流障害が直接の原因ですが、重要なのはその元となる門脈循環の事を考慮しないといけません。末梢だけの血流改善だけでなく、腸~門脈~肝臓・脾臓~心臓という門脈循環改善が必要となります。
この方には門脈循環の血流改善、中焦の清熱作用のある薬方を中心に、止血作用のある薬方、生薬もお飲み頂き、時間はかかりましたが症状を落ち着けることが出来ました。
その後は悪化予防も含め漢方薬を継続しています

~~ちょこっと漢方薬のお話~~

痔核に使う漢方薬に乙字湯(おつじとう)があります

江戸時代後期の水戸藩医、原南陽(はらなんよう)の創薬です
小柴胡湯より半夏人参を去り、昇麻、大黄を加えたものです
柴胡、黄芩、升麻、大黄、甘草、大棗、生姜 (叢桂亭医事小言)

後、浅田宗伯がこの処方から大棗、生姜を去り、当帰を加え
当帰、柴胡、黄芩、甘草、升麻、大黄 (勿誤薬室方函)
としたものが現在の乙字湯です

小柴胡湯から脾胃への作用をする半夏、人参を去り、下焦に陥った気を引き上げる昇麻と下焦の清熱の大黄を加え、さらに脾胃への生姜、大棗を去り、下焦の血流改善をする当帰を加えたものになります。

応用は
痔核、痔核による出血、痛み、肛門掻痒証 など
いわゆる飲んで治す痔の薬 です

柴胡剤で柴胡+黄芩という中焦の清熱、消炎の効があるため、肝~門脈循環の清熱、血流改善をします

加味・合方は
瘀血が強い時は桂枝茯苓丸を併用したり、また加減方として加牡丹皮、桃仁、十薬(大塚敬節)があります
出血が強い時は黄解散の併用や田七加味
痛みが激しい時は麻杏甘石湯の併用
貧血があれば補中益気湯の併用
などがあります
また、浅田宗伯は「この方は甘草を多量にせざれば効なし」/勿誤薬室方函口訣 と言っています

原南陽は戦の陣で良く使う薬方を4方造り、甲、乙、丙、丁 と名付けました
・甲字湯:桂枝、芍薬、茯苓、牡丹皮、桃仁、甘草、生姜(桂枝茯苓丸加甘草生姜)
/打撲などのため
・乙字湯/夜営などの循環障害からくる痔の薬として
・丙字湯:黄芩、山梔子、当帰、地黄、澤瀉、滑石、甘草(竜胆瀉肝湯去竜胆木通車前子加滑石)
/尿路疾患や神経症に
・丁字湯:橘皮、枳実、牡蛎、呉茱萸、茯苓、蒼朮、甘草、生姜、人参(茯苓飲加呉茱萸牡蛎)
/暴飲暴食からくる胃腸障害に
乙字湯以外では、甲字湯も現在でも名が残り使われます

原南陽は
「余が門にて初学の童子には先ず傷寒論を暗記さするなり」
「余が学ぶ所は方に古今なし其験あるものを用ゆ」
「されども方は狭く使用することを貴ぶ」
と述べ、傷寒論の大切さや古方後世方に限らず効果のある薬方を使うなことなどを述べています

水戸藩と言えばご存じ水戸黄門ですが、水戸黄門(=徳川光圀)は1701年没、原南陽はその約50年後の1753年に生まれていますので、黄門さまのあの印籠には原南陽の薬が入っていた訳ではありませんね…


(叢桂亭医事小言/原南陽 より)

 
(勿誤薬室方函)(勿誤薬室方函口訣)/浅田宗伯 より