GW、3日と4日の二日間、木之本は秋葉祭でした
コロナ前は1.5トンの大神輿を総勢100人ぐらいで担いで町内を練り歩いたのですが
コロナ後、担ぐのは小神輿になり、大神輿は展示だけになりました
神輿渡行の間、5時間ぐらいの展示ですが、歴史ある立派な神輿のため、その監視が必要になります
監視員は秋葉祭の受頭町と献頭町から一人ずつ
今年、わが本町は受頭町のため、一人出さないといけません。
サト先生が
「これ誰がするん?」

「ずっと座ってるだけやから、年寄りの役やろ…」

話していたら、町内会長さんからラインが…

「竹内さん、神輿の監視員お願いします」  って…

あらら、私もそっち側の年齢になってしまったのね…

 

ということで、今回は慢性湿疹の10歳代の女児の紹介です

元々手足の関節屈面にアトピー様の軽い湿疹があります
4年前から膝下、臀部に湿疹ができ、だんだん大きく酷くなってきました。
西洋医学の治療をずっとされていましたが良くならず、漢方を求めてお母様が連れてこられました。
診たところ左足膝下に25×15cm程度の黄赤色楕円状のボコボコと盛りあがった丘疹があります。
黄色の滲出液が出ているところと、乾燥でばりばりしているところもあります。
湿疹は両臀部から大腿上部にも同じようにあり、昼は痒み少ないのですが、夜間ひどく、夜中に3回は痒くて起きるとのこと。
漢方薬は湿疹部の赤み、炎症、乾燥、湿潤の状態から薬方を選びました
当初選んだ漢方薬では一時的に痒みや浸出液が減ったのですが、また浸出がでてきました。
漢方薬は選び直しなおして一か月お飲み頂きました
今回も痒み、浸出液も減り、夜起きるのも1~2回に減ったのですが、湿疹の状態はあまり変わりません。
糸練功での合数もあまり変化がないため、さらに漢方薬を選び直したところ
3週間ほどで痒みが治まり、夜も起きなくなったとのこと
皮ふの凹凸も減っています
その後、順調に改善し5か月後には黒ずみが残る程度になりました
今までは夏のプールはやめておられたのですが、プールに入っても大丈夫になり、また
短パンやスカートがはけるようになったと親子でお喜びです

 
初回来店時

 7カ月後

 9カ月後

 

~~ちょこっと漢方薬のお話~~~~

赤みのある病変に使う漢方薬に黄連阿膠湯があります

薬味は 黄連・黄芩・芍薬・阿膠・鶏子黄(卵黄)

出典は傷寒論 少陰病編
少陰病得之二三日以上心中煩不得臥黄連阿膠湯主之(宋本、康平本)
(*康治本では臥→眠)
/少陰病に陥り、二三日以上経ち、胸中が熱っぽく苦しく、眠ることが出来ないものは黄連阿膠湯が主治する

傷寒論の少陰病編では
少陰病始得之~~~(麻黄附子細辛湯
少陰病得之二三日~(麻黄附子甘草湯)
少陰病得之二三日以上~(黄連阿膠湯)

の順で書かれていて、麻黄附子細辛湯、麻黄附子甘草湯では表証を少し発汗させるのですが
黄連阿膠湯は邪気が裏に入り、熱を生じ、血液が枯燥して、胸が苦しく眠れなくなります

また、薬味的には
黄連解毒湯(黄連、黄芩、山梔子、黄柏)
から山梔子、黄柏を去し、芍薬、阿膠、鶏子黄を加えたもの(黄連は倍)になります
このため黄連解毒湯の虚証的に考えられます

黄連黄芩:上焦の熱証
阿膠:補血、止血、滋潤
芍薬:筋・神経を緩める、補血、陰を補う
鶏子黄(卵黄):滋養、強壮、熱を鎮め煩を去る

清代の医者柯韻伯は黄連阿膠湯を少陰の瀉心湯と云いました

応用は
神経症、不眠、高血圧、出血、皮膚病…

薬味から考え、使えそうな症状は広いのですが、実際に使う事はそう多くはありません。
漢方の先達の書物や文献では、他の処方を使っても効果がなかったものが、この処方で非常に早く治ったという症例が多いように思います。

浅田宗伯は傷寒論識に於いて、晋代に葛洪が著した「肘後方」では黄連阿膠湯について
「大病差(いゆ)るの後、虚煩眠るを得ず、眼中痛疼、懊憹を治す」と
亦以って葛仙翁の運用の妙を見るに足る と述べています
傷寒論の 少陰病得之二三日以上 を 大病差後(重病から回復した後) と置き換えると使う範囲が広がりわかりやすくなります

黄連阿膠湯については、私は2012年に論文発表をしたのですが、その時点では市販のエキス顆粒製剤は一社のみで、論文の最後に、多くの漢方家に普及するよう、製薬メーカーに期待しますと書きました。
その後、もう一社が作ってくれるようになりました
薬味の一つに鶏子黄(卵黄)が入るため、エキス顆粒剤にするのが非常に難しかったようで、現在も年一回の受注生産です。


(浅田宗伯/傷寒論識より)