先日、漢方の勉強会のメンバーを連れて比叡山延暦寺に行ってきました。
前に行った時も根本中堂の大改修中でしたが、まだ工事中…
平成28年から10年との事なので、令和8年まで…
延暦寺を開山した最澄は日本仏教の母と言われ、後に親鸞、法然、栄西、道元、日蓮などの名僧が延暦寺で修行し、それぞれの宗派を開きました。
なぜ比叡山に連れて行ったかというと、漢方医学のバイブル、康治本傷寒論を最澄が日本に持ち帰ったと言われているからです。こちらの滋賀夕刊をどうぞ
だからといって、延暦寺でそのことが紹介されている訳では無いのですが…。
比叡山は標高850mほどの山ですが、行った日はまだ下界より涼しく過ごせました。

今回は不安、緊張症で動悸、不眠の方のご紹介です

55才 男性

家の事で色々とストレスを抱えておられる方。
よく眠れず、寝ても夜中に何度も目が覚めてしまい熟睡できない、目が覚めたときは動悸がしている。
昼寝をしようにも逆に寝られず、仕事で車を運転することも多く、心配だと言われます。
食欲が落ちて体重も減り気味です。
検査では心臓にも他にも問題はないとの事。
元来元気な方ですが大きな心配事からの自律神経系の過緊張が原因のようです。
この方には滞った気を発散させ、肝の気の流れを整えて胃腸の働きも改善するように漢方薬を2種類飲んで頂きました。効果は徐々に現れ、2か月目で動悸は無くなり、少し眠れるようになってきました。
4か月経つ頃にはよく寝られる日も出てきて、8か月目には毎日ぐっすり眠れるようになりました。
(ボテジャコ掲載)

~~ちょこっと漢方薬のお話 「こころの漢方薬」~~

精神神経系に使う漢方薬に苓桂朮甘湯があります

不安発作、不安神経症、心悸亢進、めまい、メニエール、結膜炎、仮性近視…
に使う応用範囲の広い薬方です

薬味はその名の通り 茯苓、白朮、桂枝、甘草
出典は傷寒論、金匱要略、両方に出ています

傷寒若吐若下後心下逆満氣上衝胸起則頭眩脈沈緊發汗則動經身為振振揺者茯苓桂枝白朮甘草湯主之/傷寒論
(寒に犯され、吐かせたり、下したりした後、みぞおち辺りが下から張り上げ、氣が胸に突き上げて、起き上がるとめまいがし、脈が沈んで緊張している。これを発汗すると経が動揺してふらふらと揺れるようになる。
茯苓桂枝白朮甘草湯の主治である)

心下有痰飲胸脇支満目眩苓桂朮甘湯主之/金匱要略
(心下に痰飲があり胸脇がつかえて膨満しめまいがするのは苓桂朮甘湯の主治である)

方意は
脾胃の水毒(胃内停水=白朮・茯苓)が気の上衝(=桂枝・甘草)に伴い上行し、動揺するもので

・心悸亢進、不安神経症、パニック、息切れ 等々精神神経症状
・立ち眩み、めまい、メニエール、起立性調節障害、頭痛、のぼせ、乗物酔い 等々
に使う場合が多いのですが
ほかに、眼疾患、腎疾患、貧血等にも使えます

気の上衝に使う桂枝・甘草ですが、これは傷寒論に桂枝甘草湯として出典されていて
桂枝と甘草の量が2:1の割合で、この割合が効果がとても上がる黄金比率です。

胃内停水に使う白朮・茯苓ですが、この水には陰陽があり
苓桂朮甘湯は陽の水で、これが上衝します。
ここで人参は温めて水を呼び、さらに上衝がひどくなるため、基本的に苓桂朮甘湯証の方は人参剤が合わないことが多く、人参剤で血圧上昇が起こる方はこのためです。紅参や党参ではこれが少なくなります。
逆に四君子湯の白朮茯苓は陰の水で、温めても構いません
苓桂朮甘湯:白朮、茯苓、桂枝、甘草
四君子湯 :白朮、茯苓、人参、甘草 (大棗、生姜)

五苓散(白朮、茯苓、桂枝、澤瀉、猪苓)は陽の水で澤瀉、猪苓でさら冷まして利水しています

苓桂朮甘湯には加味合方が多く
連珠飲(合四物湯):貧血、更年期、不安神経症…
明朗飲(加車前子、細辛、黄連):眼科一般
定悸飲(加呉茱萸、牡蛎、季根皮):胃腸虚弱の発作性心悸亢進
鍼砂湯(加鍼砂、牡蛎、人参):動悸、眩暈、心臓弁膜症、黄胖病…
他、川芎大黄、車前子、澤瀉、牡蛎…

苓桂朮甘湯は右脳優位型の水毒タイプになります。

再度、先に記述した傷寒論の条文についてですが
傷寒若吐若下後心下逆満氣上衝胸起則頭眩脈沈緊 發汗則動經身為振振揺者 茯苓桂枝白朮甘草湯主之
これは宋版の傷寒論の条文で、宋版は空海の持ち帰った康平本傷寒論に近いもので、現在のわが国の傷寒論は基本的に宋版がスタンダードになっています。

これに対し、最澄の持ち帰った康治本傷寒論の条文では
傷寒若吐若下後心下逆満氣上衝胸起則頭眩者 茯苓桂枝甘草白朮湯主之
(寒に犯され、吐かせたり、下したりした後、みぞおち辺りが下から張り上げ、氣が胸に突き上げて、起き上がるとめまいがするものは茯苓桂枝甘草白朮湯が主治する)
と、脈沈緊發汗則~ の文章がありません。

發汗則動經身為振振揺者(これを発汗すると経が動揺してふらふらと揺れるようになる) の文章については
多紀元堅(1795-1857)は、誤治による変証で真武湯の証だと述べています。
湯本求真(1876-1941)は、誤治による変証とはいえ苓桂朮甘湯の証であるという意味だと述べています。

真武湯(玄武湯):白朮、茯苓、芍薬、生姜、附子 は陰証で
苓桂朮甘湯は陽証ですので、陰陽が違います
めまいに対して、症状的には
苓桂朮甘湯はくらっとする、立ち眩み的…
真武湯はふらっとする、雲の上を歩いている感じ…
という表現をするのですが、症状だけをとると似ています。
陰陽は逆ですので、症状だけでなく、体質の見極めが大事です
糸練功でも、腹診の心で、桂枝甘草(陽証)と附子(陰証)の違いがわかります


(皇漢医学/湯本求真 より)


改修中の根本中堂の屋根